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東京高等裁判所 昭和32年(く)102号 決定

少年 C(昭和一五・三・二三生)

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、

第一、少年法第二条第二項は、この法律で「保護者」とは、少年に対し法律上監護教育の義務ある者云々と規定し、民法第八一八条は未成年者の父母は婚姻中共同して親権を行うものと規定し、同法第八二〇条は親権を行う者は子の監護及び教育をする権利を有し義務を負う旨規定している。これらの規定により少年Cの保護者は同少年の父G、母Hの両人であり、このことたるや憲法第二四条の両性平等の原則に基く当然の事理である。然るに昭和三二年六月二一日竝びに同年九月一八日の本件審判期日には保護者Gのみの意見の供述があつたが、母Hについてはその保護者たる地位を顧みず、その意見を求めていない。本件のような年少一七才の少年の保護事件においては、母性愛による少年の誘導監護が必要であること幾多の事例に徴し明らかである。少年に対し重大な保護処分をなすに当り保護者である母を除外し、父のみを目標として手続を進めたことは法意に反するものであり母が出頭する機会を与えられ正式に発言することができたならば異なる決定がなされていたのではないかと信ずる。母としては自らの努力で少年を監護する債務を果すことを望んでいたからである。以上の事実により原決定に影響を及ぼす法令の違反があると主張するものである。

第二、(1)、原決定のあつた昭和三二年九月一八日の審判期日においては前記のように少年Cの母Hに関係なく審判が行なわれ母Hは監護の責任遂行の決意も空しく手続が終結したのであるが、(2)、一方父Gも審判手続の真意を解せず自己の責任において少年を善導し監護すべき旨申述べる機会を失なつたもので、原決定がなされて、はじめて困惑懊悩しているのである。 (3)、昭和三二年六月一三日附少年鑑別所の鑑別結果通知書によれば、少年Cの精神知能は準普通、行動観察欄の記載によつても行跡可良なことが明かにされており、審判に際しA法務官の陳述も同少年の性行跡について有利な証言を与えている。 (4)、同年六月二一日から少年は日誌をつけ自ら戒めている。同時に私の約束として、自戒事項をきめていた。 (5)、保護者の保護能力の点については、自主的に改められ本人の将来については重大な責任を感じている。有力な親族で他に適当な監督者もある。以上の理由により原決定による処分は必要以上に著しく重いものである。よつて原決定を取消し本件を原裁判所に差し戻すとの決定を求めるため本件抗告に及ぶというにある。

よつて先づ抗告理由第一点について考えるに、

少年法第二条第二項がこの法律で「保護者」とは、少年に対し法律上監護教育の義務ある者云々と規定し、民法第八一八条が未成年の子に対する父母の親権の共同行使、同法第八二〇条が親権者の監護教育の権利義務を規定していることは所論のとおりである。そして少年Cに対する虞犯、恐喝、傷害、窃盗保護事件記録によると、同少年に対する親権者は父G、母Hの両名であるが、右保護事件について昭和三二年六月二一日及び同年九月二八日に行なわれた原審審判期日には、いずれも保護者として父Gが呼出を受け出席し意見を陳述しているだけで、母Hは右各審判期日に呼出を受けず出席しなかつたことが認められるのである。しかしそもそも少年保護事件の審判は、非行少年の健全な育成を目的とし、調査の結果得た資料に基き非行の実体と原因を把握して適正な処遇を決定する手続で、刑事裁判におけるように対立当事者の観念はないものであり、少年法第一一条第一項は家庭裁判所は事件の調査又は審判について必要あると認めるときは、保護者に対して呼出状を発することができると規定し、少年審判規則第三〇条は保護者は審判の席において裁判官の許可を得て意見を述べることができると規定していることから考えると、少年審判規則第二五条第二項が審判期日には保護者を呼び出さなければならないと規定しているのは、少年法第二条第二項に規定する保護者すなわち少年に対し法律上監護教育の義務ある者及び少年を現に監護する者全員を審判期日に呼び出さなければならないと規定しているものではなく、前記のように少年の非行の実体と原因を把握して適正な処遇を決定するための審判を行うについて必要があると認める保護者を呼び出し、その者の意見を述べる機会を与えねばならないことを規定しているものと解するを相当とするのである。そして少年Cに対する前記保護事件記録によると、原裁判所が同事件の昭和三二年六月二一日及び同年九月二八日の審判期日にいずれも父Gを呼び出しただけで、母Hを呼び出さなかつたのは同事件の審判を行うため保護者として父Gを呼び出す必要はあるが、母Hに対してはその必要はないものと認めたことによるものであり、しかも原裁判所が保護者として父Gだけを呼び出す必要があるとしたことは相当であると認められるのであるから、原裁判所が母Hを同事件の審判期日に呼び出さなかつたことは所論のように少年法第二条第二項少年審判規則第二五条第二項の法意に反するものではなく、又前記保護事件記録によつてもHが同事件の審判期日に保護者として呼出を受け、出席し意見を陳述していたとすれば原決定と異なる決定がなされたものとは到底認められない。しからば原決定には、所論のような決定に影響を及ぼす法令の違反はないから論旨は理由がない。

次に抗告理由第二点について考えると、

少年Cに対する前記保護事件記録によれば、同少年は昭和三〇年三月中学校を卒業後、家業の農業を手伝をなし、昭和三一年三月から東京都○○区△△△町所在の○○プレス工場にプレス工として働き、約一ヶ月で罷めて帰宅し、次いで同年一〇月から栃木県○○郡××村所在の○○醤油醸造店に勤め、これ亦約二ヶ月で罷めて帰宅し、家業の農業の手伝をしていたものであるが、原決定の摘示するとおり(一)、昭和三二年一月頃から不良友達と交際し、夜遊び、外泊が多くなり、家族の物を持ち出し入質して小使銭にあてるなど正当な保護者の監督に服さず、(二)、Bと共謀して昭和三二年二月二八日頃の午前一時頃同県○○郡××町大字△△○○○番地××タクシー車庫内においてD所有の中古自転車一台(時価約五、〇〇〇円)を窃取し、同年三月八日無断家出して××という「てき屋」の仲間に入り、(三)、同月一八日午后一一時一五分頃△△市○○町地内×××パチンコ店南側道路において通りがかりのE(当二〇年)に対し同人の乗つた自転者が少年C等と接触したことに因縁をつけB等と共に同人を殴る蹴るなどの暴行をなし、よつて同人に全治三日間を要する右上限瞼部擦過傷及び打撲傷等の傷害を負わせ、(四)、同年四月一四日午后九時頃△△市○○町地内××公園△△地内において、F(当二七年)に対し些細なことに因縁をつけ、やにわに手拳で同人の顔面を殴打したり、足で蹴飛ばし、よつて同人に左大腿下腿打撲傷、右股部打撲傷、上下口唇挫傷等全治二週間を要する傷害を与たので、原裁判所は少年Cに対し同行状を発し、同少年は同年四月一七日その執行を受け同裁判所に同行されたが、原裁判所は同少年に今後の行状を慎み、真面目になるよう訓論した上、身柄引受人Iに同少年を引受けさせ帰宅させたところ、その後いくばくなく(五)、B、Kと共謀して同年五月八日午后一〇時二〇分頃△△市○○町地内××川西側堤防下においてLと雑談していたM(当二二年)に対して言いがかりをつけ、同人の顔面を殴打する等の暴行を加えて同人を畏怖させ、よつて同人をして現金三〇〇円位を交付させてこれを喝取し、(六)、K、Oと共謀して同月六日午后八時頃同市○○町所在栃木県立△△高等学校定時制校舎東側下駄箱内から同校生徒P(当一八年)所有の黒革短靴一足(時価約一、五〇〇円)、同Q(当一八年)所有の黒革短靴一足(時価約一、五〇〇円)、同R(当一八年)所有のビニール製短靴一足(時価約六五〇円)を盗取し、(七)、Kと共謀して前同日午后七時頃同市○○町所在××××パチンコ店前路上にあつた自転車の上から所有者不明の黒色木綿洋傘一本を窃取したことを認めることができる。そして前記保護事件記録及び添附の少年調査記録によれば原裁判所は少年Cの前記(一)、ないし(七)、の非行事実に基き同年六月二一日審判を開始したが、その際保護者である父Gは今後十分同少年を監督し非行のないよう注意させる旨陳述し、又伯父である○○市××町△丁目○○○番地土木建築請負業Sは、同少年を手許に引取り、土木建築関係の業務に従事させ、十分監督する旨陳述したので、同日同少年の遵守事項として、(イ)、住居をS方に制限する、(2)不健全な遊びをする者と交際しないこと、(3)、粗暴の行をしないこと、(4)、酒や煙草をのんだり、女遊びをしたりすることを禁ずる、(5)、職に就いたら監督者の言いつけに服従すること、(6)、毎月一回以上調査官にその月の行動を報告することを定めて同少年を家庭裁判所調査官の試験観察に付したのであるが、その後同少年は殆ど右遵守事項を遵守しないばかりか、同年八月二七日頃△△警察署職員から恐喝の嫌疑で取調を受け、同年八月末頃T、U、Vの三名と無断家出して上京し上野駅において警察官の補導を受げて、父Gに引取られ帰宅したもので、その後においても依然不健全な遊びをする友人と交際を続けていたものであり、同少年の父は競馬に一家の収入を浪費するなどして、教育的熱意を失い、母も同少年を指導する力に乏しく、Sも業務が暇であり、素行不良の若衆等が同居していることから同少年を引取り指導監督する熱意を失つている情状であり、しかも同少年の知能は準正常級にあるが自制力が弱く、自己顕示欲が強く、一方意志薄弱で周囲の影響により軽卒な行動に出る傾向があることを認めることができるのである。敍上の少年Cの資質、環境、非行事実、試験観察に付せられても成果を得なかつたこと等から考えると、この際同少年を施設に収容し、規律ある生活の下に矯正教育を施す必要があるものと認められ、同少年の年令、資質等により同少年を中等少年院に送致すべきものとした原決定は相当であるといわねばならない。前記保護事件記録中の昭和三二年九月一八日附原審審判調書の記載によつても、同少年の保護者Gが所論のように審判手続の真意を解さないで、自己の責任で同少年を善導し監護すべき旨申し述べる機会を失なつたものとは認められないし、同少年の九月二三日附書面、日誌、Wの昭和三二年九月二八日附書面によつても、同少年は在宅保護に適するものとは認められないのである。しからば原決定の処分は所論のように著しく不当のものではないから、この点の論旨も亦理由がない。

よつて抗告人の本件抗告は理由がないから、少年法第三三条第一項によりこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 加納駿平 判事 山岸薫一 判事 鈴木重光)

別紙(原審の保護処分決定)

主文および理由

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

少年は

(一) 昭和三二年一月頃から不良友達と交際し、夜遊び、外泊が多くなり、家族の物を持ち出し入質して小使銭にあてるなど正当な保護者の監督に服さず

(二) Bと共謀して昭和三二年二月二八日頃の午前一時頃、○○郡××町大字××△△△番地××タクシー車庫内において、D所有の中古自転車一台(時価約五、〇〇〇円)を窃取し

(三) 同年三月一八日午後一一時一五分頃、△△市○○町地内×××パチンコ店南側道路において通りがかりのE(当二〇年)に対し、同人の乗つた自転車が少年等と接触したことに因縁をつけ、B等と共に同人を殴るけるなど暴行し、よつて同人に全治三日間を要する右上眼瞼部擦過傷及び打撲傷等の傷害を負わせ

(四) 同年四月一四日午後九時頃、△△市○○町地内××公園△△地内において、F(当二七年)に対し些細なことに因縁をつけやにわに手拳で同人の顔面を殴打したり、足でけとばし、よつて同人に左大腿、下腿打撲傷、右股部打撲傷、上下口唇挫傷等全治二週間を要する傷害を与え

(五) B、Tと共謀して同年五月八日午後一〇時二〇分頃、△△市○○町地内××川西側堤防下において、Lと雑談していたM(当二二年)に対して言いがかりをつけ、同人の顔面を殴打する等の暴行を加えて同人を畏怖させ、よつて同人をして現金三〇〇円を交付させてこれを喝取し

(六) K、Oと共謀して同年同月六日午後八時頃、△△市○○町所在栃木県立××高等学校定時制校舎東側下駄箱内から同校生従P(当一八年)所有の黒皮短靴一足(時価約一、五〇〇円)、同Q(当一八年)所有の黒皮短靴一足(時価一、五〇〇円)、同R(当一八年)所有のビニール製短靴一足(時価約六五〇円)を窃取し

(七) Kと共謀して同年同月同日頃午後七時頃、△△市○○町所在××××パチンコ店前路上にあつた自転車の上から所有者不明の黒色木綿洋傘一本を窃取したものであつて、少年の判示所為中(一)は少年法第三条第一項第三号に、(二)(六)(七)は刑法第二三五条、第六〇条、(三)は同法第二〇七条に、(四)は同法第二〇四条に、(五)は同法二四九条第一項、第六〇条にそれぞれ該当するところ、少年は自制力が弱く、自己顕示欲求にかられて前記非行に及んだものであつて、収容保護処分に付すべき蓋然性が強かつたが、一方審判に際し保護者近親者が少年に対する教育的熱意を示したので、昭和三二年六月二一日遵守事項に定めて試験観察に付した。ところがその後の経過に徴すると遵守事項も殆ど守られず、保護者の保護能力も不十分であると認められるので、此の際収容矯正の方法を講ずるのが適当と考えられるので少年法第二四条第一項第三号に則り主文の通り決定する。(昭和三二年九月一八日 宇都宮家庭裁判所足利支部 裁判官 高橋正憲)

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